鎌倉碧雲山房は雲襄亭主 石山政義の数寄ものがたりにキラリ14

鎌倉も一段と緑が深くなり、当碧雲山房も若葉青葉が真っ盛りっていうか、鬱蒼としてきて今年もまた夏を迎えることになるのだ。
自然はその摂理にしたがって当然の繰り返しをするが生身の人間はそうはいかない。よって季節のうつろひをしかと受容できるか否かはその人間の常態如何によるが、さて、拙僧はといえば、ただいまのところは受容したものの、これからはわからない・・・

於当山鎌倉碧雲山房 デッキから南側の山中に対す 新緑が風になびいて悠然たる気持ちになり、身も心も染められていく
さて、数寄なるもの、おまけに古美術が大好きという輩であれば多かれ少なかれ骨董屋なんぞを覗き込んで傍らの胡散臭そうな主人捕まえて交わすであろう会話をしているうちに、やれ欲しいだの売りたいだのと双方の欲が絡んでくるってエーと、うわべの会話では済む筈もなく、お互いの眼力と戦略にしたがっての丁々発止が始まるのだ。
そう、はるか1000年前から存在する美術品と呼ばれるものを中心に人間対人間が繰りなす様々なる模様は楽しくもありドロドロと醜くもある。
と、いうことで今日のテーマは拙僧、あるいは何人かの数寄者にも登場してたただき、そして骨董屋との楽しくも哀しい会話を一筆啓上いたしたい所存。
それらの喜怒哀楽の一端を語り、その行間から人間の性というか、なにかを感じ取って戴ければ幸甚ってところか。
ではいきましょう、それも拙僧が棲家である鎌倉の、と、ある古美術商との会話その1
鎌倉にはいくつかの古美術商、または古道具屋といわれる店が鶴岡八幡宮を目指した若宮通り、それと海に近い長谷寺と大仏に辿り着く由比ガ浜通りに点在する。
しかし、これらの道具屋のなかで本格的な美術品を扱う店は3、4店舗ってところだろうか。昭和戦前から50年頃までの時代に川端康成小林秀雄立原正秋等の文人墨客連が神出鬼没しては骨董を漁っていたとはまったくもって今日では昔日の感ありで、淋しいことだ。
そういうなかで最近、息子さんが親を抜いてメキメキと力をつけてきた、といっても古美術商の場合は目利き、審美眼っといったほうが早いが、そこの店での会話をひとついってみたいと存じます。
鎌倉を東口に出れば小町通りがある。そこの二本通りを過ぎ、その脇を曲がっていくと枯渇堂という倒れそうな看板を軒上にのせてる古道具屋があり、ひと頃までは陶器から書画、果ては耳かきまでと、誠にもって統一性のないものを飾っていたものが、如何なることか、ここ1年のあいだに店内は整理され、特に陶磁器に関しては結構、センスのよいものが置かれだしたのでブラリと入ってみることにした。
さて、その日の日曜は久しぶりにゆっくり起き、気持ちのよい天気なんで、こりゃ1時間ばかり碧雲山房周りの草刈りでも、っと、これが、一度始めると止まらない。
結局2時間、ただひたすら黙々と、なにも考えずにだ、まさに無の境地ってところか。終わってみればだいぶ汗をながしたようであるし、立ち上がろうとすると、オ〜、腰がアー、痛い!うーん、昔はしゃがりこみ1時間でもなにするものぞゾって、ところだったのだがなア、と、少し暗い気分になったものの、あとのビールが待っている、これからが楽しいのだ、っと気分一新、碧水舎道場で手と顔を洗い、急いで下に降りていったのだった。
さて、母屋に戻り、ザンブリと、ひとッ風呂浴びて時計をみれば10時。そして山房外の青空と新緑に囲まれながらビンビンに冷えたビールを持ち出し、肴はめかぶに三杯酢と生姜を合せ、あと一品は冷豆腐、これにはわけぎと鰹節、さらに庭にある紫蘇の葉をちぎりまぶして隠し味に新鮮な胡麻油を二滴で出来上がり。
そしていつもの紫檀盆に乗っけて滑るようにデッキに座ってグイッ、クウ〜っと一杯、二杯、いやア〜、たまんらんわい!
でと、新緑と初夏の陽光も手伝って、いい気分で食事が済んだところで、ぶらぶらと鎌倉市街に繰り出して入り込んだ店が枯渇堂であった。
ガラ、ガタリ、と玄関を開け「すいませえ〜ん、ちょうっと、観せてもらっていいですかア〜」とかいい乍ら、拙僧の目は素早く左偶ショーケースに照準を合せるのだ。ざっと7つばかり陶磁器を陳列しているのを目撃。
拙僧との距離は2m半ってところか。オ〜、真ん中の正しい李朝中期平皿を中心に左から古瀬戸茶入、奥に高取鮟鱇茶入、その右斜め手前には金繕御本茶碗で間違いのないものだが、その右隣にある刷毛目茶碗はチト、甘いのではないか(李朝初期ではないということ)、そして李朝平皿の右には魯山人作の深緑が美しい、織部木の葉陰刻四方皿が・・・・不思議だな、この北大路魯山人の皿と、横にある古色蒼然たる李朝白磁(堅手)皿がピタッと合うのだ。
大きさはともに18センチばかりだか、流石、魯山人、引けを取らないなあ、フ〜ン、成る程、などと、ぶつぶつ言いながら拙僧の身体は猫の如くスルスルリと既に1メートルまで進入している。
うん、やはり、だな、前々から想っていることだが、北大路魯山人という天才は人間と器物、食、そしてなんといっても美に対するその本質と要諦を掴むのが実に巧い。ここにある無造作に作陶した李朝白磁に対し、なににも囚われず用の美を徹底的に追求した魯山人の作陶を考えると、無心ということにおいては同様であり、結果として、このように違和感がなく、時代を超えて同化していくのだなと確信したものだ。
とか、あれこれと耽っていると、ガサっと音がして、奥から男性のどちらかというとやさしい声が聞こえ「ど〜ぞ、いらっしゃいませ、なにか御気に入りでも、エッヘヘッ!」と言いながら濃紺の三枚に分けられた暖簾を潜ってヌウ〜っと出てきたのが若息子であった。
つづく

いかがでしたか、今後、当職の聖職である行政書士としてのキラリ日記を挟み乍ら思うが侭につづっていきたいとおもいますので楽しみにしていてください。

では、また。

石山政義 法務・行政事務所

所長 石山政義 

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